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claveciniste et pianofortiste

チェンバロとフォルテピアノ/Le clavecin et le pianoforte



5月中は、チェンバロとフォルテピアノで演奏するものが沢山あるので、
両方の楽器のレパートリーを同時進行で弾くのに挑戦しています。
現代のピアノから比べると、既にMozart時代のフォルテピアノは小さく、鍵盤は3倍以上軽いのではないでしょうか。現代のピアノよりも鍵盤が軽い為、手首や腕の小さな動きで十分です。どちらかと言えば、チェンバロ奏法に近いデリケートさが必要とされます。
そして、チェンバロは弦を弾く構造ですので、もっとデリケートで、ほぼ全て指先のコントロールによる奏法なので、腕に筋肉は、全く必要ありません。
過去8年間チェンバロのみに集中して演奏していた為、ピアノで約20年間鍛えた筋肉はほとんど落ちました。しかし、逆に言うと幼少の頃からのピアノの*癖*を抜く為に、チェンバロのみに専念しなければ、きちんと習得できないと痛感しました。
チェンバロを弾く為には、無駄な力や筋肉は必要ないので問題ありませんが、再びピアノを今引き始め、*あ~~~筋肉がない!!*と当たり前に弾けたパッセージが、一苦労です。

べートーベン時代のブロードウッドの鍵盤
そして、ピアノの練習を終えるとチェンバロでは使わない筋肉疲労を感じます。
まるで、ジムに行った後のようです!(笑)
その為、今は午前中はチェンバロでバッハのブランデンブルグ協奏曲を練習し、午後にピアノフォルテピアノを練習するようにしています。
時間差で切り替えれば、頭も体も少しは区別がつくというか・・・
まるで、2つの言語を同時に習得しているような感覚です。
例えば、フランス語とイタリア語は同じラテン系の言語ですが、細かい活用法や単語も似ているけれど微妙に違います。
似ているからこそ、細かい違いをきちんと習得するには、それぞれ別々にきちんとある程度の時間を費やすことが必要です。チェンバロとピアノも同じです。似ている部分もあれば、明らかに違う部分もあり、それは頭で理解するだけでなく、ある程度楽器に触れて体で習得しなければいけません。
エラールのフォルテピアノ
ロマン派以降のその時代のピアノフォルテになりますと、かなり大きな現代に近いものになりますが、やはり現代のピアノよりはタッチは軽く、まろやかな音がします。
そして、ショパン時代のプレイエルやその後のラベル、ドビュッシー時代のエラール製のピアノになると、タッチもかなり重くなってきます。
今は、チェンバロでバッハ、フォルテピアノでモーツァルト、ベートーベン、シューベルト、ショパン、を同時に弾いているので、なかなか上記の理由から体も頭も慣れるまで時間がかかりますが、1度手が慣れればやはり20年親しんだピアノ曲なので、とても楽しく色々な発見や喜びもあります。
やはり時代が進むに連れ、細かい音符、早いパッセージも増え、曲のスケールも大きくなっていきます。それらのピアノ曲に必要とされる柔軟さやテクニック、構成力はチェンバロ曲に多く含まれる舞曲や音楽のスタイルとはかなり異なったものです。

子供の頃から大学までは、ひたすら現代のピアノを弾き、バッハからショパン、現代曲まで1つのピアノで弾くことにあまり疑問も持ちませんでした。
しかし、バッハをチェンバロで弾き始めてから、あえてピアノでバッハを弾こうとは思いませんし、作曲家それぞれの時代に合った楽器で演奏し、できるだけ作曲家の思い描いていた、また実際に耳にしていたピアノの音で演奏したいと思うようになりました。
それなりの苦労もありますし、どこでもまずピアノフォルテがあるわけではないので、不便なことも多いですが、今まで音楽をしてきて、今こうして2つの楽器を同時に演奏できることをとても嬉しく思います。

今、バッハの2番目の妻だった、アンナ・マグダレーナ・バッハの手稿記を読んでいますが、
バッハは、パイプを吸っている以外は常に練習を重ねて、あらゆる楽器のテクニックを完璧なレベルにまで鍛えていたと書いてあります。
バッハは、オルガン、チェンバロ、クラヴィコード、スピネット、ヴァイオリン、ヴィオラ、ヴィオラ・ポムポーサ(5弦の小型チェロ)を演奏したと書いてあり、オルガンを演奏するには、風を送ってくれる*ふいご*さんがいないと音が出なかったわけですが、その人が居る時は、夜中でも教会に行って明け方まで弾いていた・・・とあります。
私もそれに励まされ、自分の中で少しずつ続けて努力していけば・・・と思っています。

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