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claveciniste et pianofortiste

いろいろな奇跡/les miracles

パリは2日ほど前まで10度くらいあって寒さも和らいだのですが、昨日から雪がちらつき最高気温2度!です。
今週はオーボエの伴奏を教える日以外毎日して、朝からせっせと出かけているのですが手袋と帽子が必需品です。
この寒さで部屋の湿度もあっという間に38%まで落ちてしまうので朝お風呂を入れて、ついでに入って温まっている間に、部屋は湯気で加湿器よりも早く部屋中の湿度が上がります。
さて、この間オペラ座付近のBOOK OFFで日本語の古本を買ってきました。やはり文庫本のサイズは便利でちょっとした時に読めるので楽しいですね。
ふと手に取った本だったのですが、なかなか面白かったです。色々な有名な方の名言集で一言で実に分かりやすく色々な方の生きる極意!が書いてあります。
とてもポジテイブな気分になる本で気持が良かったです。生きていて良かったという気持にさせてくれる本でした。
Happy(しあわせ)語録 ひすいこうたろう+よっちゃん(三笠書房)です。
本の始めは、この世に自分ができない1つの“奇跡”がある。
それは、この世に生まれてくること。
他のことは挑戦すれば、いつかできたり奇跡の起こる可能性を引き起こせると。
でも、この世に生まれてくることは自分の意思だけでできることでない。
お母さんがお腹を痛めて産んでくれたお陰でこの世に出てこれた訳です。
偶然ですが、今年は周りの友達やいとこのお姉ちゃんなどみんな妊娠ラッシュで、産まれるまでの経過や産む大変さ、そしてだからこそ目に入れても痛くないほどの可愛さなど色々垣間見ます。
それにしても生命が誕生するというのは太古の昔から自然に繰り返されてきたことですが、人間の力ではどうにもできない、何かとてつもない力によって初めて生命がに伊吹が吹きこまれるのではないでしょうか。
ということは、生きている・・・ではなく、何かによって生かされている・・・ということでしょか。呼吸することだって、“胃よ動いて!心臓も動いて!”なんて言わなくても勝手に動いているのですからすごいですよね。こうして生きている事が当たり前のようで実はすでに奇跡的なことなのでは?なんて思います。
この本はとても軽く色々な深い内容をさらっと説明しているのですが、案外その軽やかさから気軽に自分の意識を変えてみようとか、見直してみようと素直に感じれました。
人にお説教されると、どうも聞いている方は知らない間に腕を組んで、う~~~ん。と抵抗するポーズを無意識に取っていたりすることがあります。
でも、さら~~っと期待もなしに軽やかに、明るい言葉を掛けられたら、何となくうん。と思える何かがありますね。

人それぞれ産まれてきた意味があるとしたら、皆さんはどんな意味があって産まれてきたと思いますか?
今やっていること。
目の前にいる人。
興味のあること。
そして、あなたは幸せですか?
そして、自分にできることは何でしょうか?
どうしてそれをやっているのでしょうか?
どちらにしても、自分との関わり=縁が深いから身の回りにあることかもしれないですね。
いくつかこの本の文中の言葉を載せます。
”やる気”なんか出さなくてもいいんです。やることが大事なんです。 伊藤 守(著述家)
幸せを数えたら、あなたはすぐに幸せになれる。 ショーペンハウアー(ドイツの思想家)
人の世に五体満足以上に幸せなことはない 村瀬明道尼(月心居住職)
生まれてきただけでまる儲け 明石家さんま
辛いという字がある。もう少しで幸せになれそうな字である。星野 富弘(詩人)
ムダな事を考えて、ムダなことをしないと 伸びません イチロー
人間どうしは会ったときが正月だ  山本 周五郎
うつくしいものを うつくしいと思える あなたの心がうつくしい みつを
あってもなくてもいいものは、ない方がいいんだなー 武井哲応老子
(これはみつおさんが師匠の武井さんに自分の短歌を見せた時に頂いた言葉だそうです。みつをさんはこれを単なる短歌のアドヴァイスだけでなく人間の根本的な生き方を示していると思ったそうです)

でも、この本にあったいくつかの例では成功している人ほど失敗の数を繰り返していると。
ノーベル賞を受賞した方は、”最近では失敗が面白くなってきた。失敗すれば必ず発見があるから”
確かに、自分はもう何かを“知っている”、“十分に身に付けた”という慢心な心があればあるほど、実は成長できないんですね。
私自身、最近気がついて常に初心でいること、そして失敗を恐れないでとにかく実行し続ける大事さを痛感しました。フランス語、音楽、などなどきりはありません。もうちょっとお料理はどうにかレシピを増やせねば!と普段から思いますが・・・(苦笑)

ということで、自分にできること。小さなことでも1歩1歩できることからやっていくのみですね。
音楽を通して何ができるか。何を人にお伝えできるのか。どんな喜びを運べるのか。
など、一生の課題がありますが“楽しい”と思える企画をして、色々な失敗をしてもそこから学んで続けで行きたいと思います。
単純にそれしかできませんね。凡人ですから。(苦笑)
5歳の時にドレミの音符を読んでいた時に、まさか自分がこんな遠い国に来るなんて事も、チェンバロという楽器も勿論その時は知らないし、そう考えると人生は不思議ですね。
でも、明らかに2年の予定でアメリカへ出て、12年後になぜかフランスに居るというのは・・・勿論自分でも予想外で全くプランにはなかったことです。

その時、その時自分の中からの声(本能)に従ったらこうなってしまった・・・という感じなのです。
でも、今さら今後また異国に引っ越して1からやるということはないと思います。
例えば5年後になぜかアフリカにいる・・・とかはないと思います。(苦笑)取りあえず日本以外は3カ国0から始めてかなりの労力と時間も費やしましたが、そこで出会った本当に素晴らしい方達やそれぞれの違った価値観などを見れたことは振り返ってみると人生の宝かもしれません。
可能性は何でもある訳ですから、分かりませんよね。だからこそ、毎日が発見、そして自分の未来、なりたい自分のイメージが浮かべば自然にその方向に向かって居るのかもしれませんし、本当は自分が無理だと思っていることができる可能性も秘めているのかもしれませんね。
ただ自分の意識の中でそれを受け入れなければ現実には起きないかもしれませんが。
いずれにしても、誰でもない自分がその“可能性”と自分を信じてあげることからしか、何も生まれないと思います。
さて、何だかぼそぼそっと独り言を書いてしまいましたが、4月の東京コンサートのちらしの原稿を書かなければ!
では、皆様もお体にお気を付け下さい。

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