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claveciniste et pianofortiste

クリスマスも開けて・・・

みなさま、こんにちは。
この数日パリはとても冷え込んで、昨日の夜は、吐く息も白くとても寒いので、思わず小走りになってしまうほどです。
パリはクリスマスも開け、何となく日本の元旦(年越し)が終わったような雰囲気ですね。
マレ地区にある、偉大なる作曲家クープランが何世代にも渡って、オルガニストであったサン・ジェルベ教会の裏。300年以上も前にクープランがこの道も通っていたのでは?!なんて思うと、すごいですね。
日本ではクリスマスは友達と過ごし、お正月は家族みんな揃って迎えますね。
しかし、ヨーロッパやアメリカではその反対が通常らしく、いつもクリスマスは実家に帰ってプレゼント交換をし、その後バカンスで旅行に行ったり、スキーに行ったり、友達と年越しのパーティをしたりする用です。
サン・ルイ島の橋から見える、シテ島にあるノートルダムの裏側。
私は、25日はノートルダム寺院のミサに行ってきました。相変わらず観光客が耐えない寺院ですが、中に入るとミサに参列している人たちがびっしりと座っていました。
ノートルダム寺院のオルガニストは現代音楽風(しかもフランス音楽の複雑な和音や転調をして、どこにいってしまうのだろう?!?という宇宙空間にでもいるような)の即興をすることがあります。
ミサの間は、お祈りそしてノートルダム寺院専属の素晴らしいコーラスによって、まるでタイムスリップしたかのように、アカペラの音楽とオルガンをゴシック建築の高い天井の聖堂の響きと共に、聞けます。
ノートルダム寺院の横側。
普段の時間の流れから離れて、静かに自分を見つめれる気持ちになりますね。
何よりも、数世紀も昔から神への感謝と賛辞を表現する為に、多くの作曲家が作曲し、歌い、演奏し続けてきたという伝統と歴史の重みを感じると、すごいなあと思わずには居られませんね。
音楽家はどの宗教に属している、属していないに関らず、自分の人生そのものを音楽に捧げているようなところがあると思います。
そして、舞台の上では内面の自分を含めて素っ裸(!)になるような気分ですので、否応なしに自分自身を見せられる所もありますし。
良い部分も悪い部分も含めて、自分であり、その中から出てくる表現しか出来ないわけですから、どこかで観念!しているわけです。
良く見せようと思う自分がいると、もがく分けですが、どこかで気持ちが吹っ切れてただ音楽を見ている時は、音はそのまます~っと出て行くような気がします。
ただ、そういう時が一番本人は何も考えて居なくて、後から、あれはなんだったんだろう?という感じですね。
それに、舞台に出て行く前によし!っと思っても、ステージに上がって弾きはじめると、違う感覚になったり、これはもう最後まで分からない!
スポーツの様に流れはあっても、最後まで本当に分からないのでよく昔は最後にほっとして気を抜いて、ずっこけることがよくありましたね。
そして、ほとほと自分の精神力の甘さを思い知るわけですが。
自分以上でも自分以下でもなく、そのままの自分でいることしかできないというか。
未だに残っている、18世紀の建物。
そういう無意識に自分の中にある感性というのが、普段は見えなくても、演奏をすると、ひょこっと出てきたりしますね。
ドイツに行っていた人の演奏を聞くとやっぱりドイツっぽいしっかりとした構成感を感じたり、イタリア在住の明るい人の演奏を聞くと、音がまるでイタリア語のように喋っている様に聞こえたり・・・
そういった意味で、私もパリに居る間に多くの何気ない空気を沢山吸って、自分の中を豊かにしたいと思っています。
では、皆様にとって、来年が素晴らしい年でありますように!
ノートルダム寺院の裏側の公園に咲くチューリップ。早くこの暖かい季節になってほしいですが、まだしばらくは見れそうにありませんね。

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