ボストンでは風が寒くなり始め、あちこちで、鮮やかな赤黄色の紅葉する葉と共に、
どこまでも青い空が続く、Indina Summer(インディアン・サマー)が数日訪れる。
日本語は、秋晴れなのだが、何ともブルーの空の鮮やかさが、アメリカらしいのだ。マイナスの気温の死にそうに寒い日でも、ボストンではこのBlue Skyを見ることができて、それは、パリの曇り空の多い冬との大きな違いかもしれない。

パリとインディアン・サマーという表現は、何だかちぐはぐしているが、そんな言葉を思い起こさせる、数日振りの気持ちの良い天気だった。
実は、東京のコンサートが終わり、パリに帰ってきてから連日、家探しをしていた。
今のアパートは、ノートルダムから徒歩2分のとても便利な場所で、マルシェも、サン・ルイ島も近くて、とてもお気に入りの地区だ。
しかし、ある日突然1通の手紙が届き、大家さんが3ヵ月後に出て行ってくださいとのこと。一瞬頭がぽーっとして、現実味がしなかったが、
えーーーーーー!!!と次の瞬間、また、あの大変な家探し!?!?!そんなことってあり得るの!?と色々な人に聞いたが、契約があろうと大家さんが追い出したければ、出なければいけないと・・・・・
ということで、東京のコンサートがあったので、取りあえずそれまでは、チェンバロに集中ということで、何も動かずに2ヶ月が過ぎた。
そして、帰って来てすぐに、時差ぼけだろうが、なんだろうが朝からアパート情報を、目を皿の様にして見ていた。
パリには、未だに数世紀前に建てられた、古いアパートも中を改装して、住み続けている。その為、パリのアパルトマンというと、聞こえは良いが、かなり古かったり、小さかったり、水漏れなど色々な問題もある。東京と比べたら、今のユーロの物価が高騰している為、パリの方が、高いかもしれない。さすがに、ポンドの強い、ロンドンほどではないが。
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実際に良いと思うアパート20件に連絡しても、まだ空いていて、見にいけるのは、その数軒である。しかし、懲りずに毎日続けて、昨日、期待しないで行った場所が、案外良かったので入居することになった。
これは、本当に運であると思うけれど、たまたま電話した数十件のうち、この物件の大家さんは、アジア系の女性で、外国人として家探しをする大変さなどを、考慮していたのか、始めから、とても好意的であった。
大体、家で練習するとか、外国人というだけで、敬遠されることもあるが、逆に日本人はきれいに住んでくれるというイメージのある大家さんは、安心して貸してくれたりする。
チェンバロは、ほとんど音の問題は少ないのだが、それでも実際に入ってみて練習して、近所の様子が分からなければ、ほっとはできない。
パリは、東京の山の手線内だけの大きさとも言われているほど、実は小さな面積に建物が密集している。その為、かなり入り組んだ作りの小さなアパートが所狭しとあって、楽器の置ける広々とした部屋というのは、なかなか見つかりにくい。
数世紀前に、パリの街を城壁で囲っていた時期があったせいで、多くの重要な建物が中心に密集している。今も、きっとその名残か、町が拡大したにせよ、端から端まで行くにしても1時間でほどで行ける。
私は、生まれてからの引越し回数を今、思い起こしても、数え切れない。
取りあえず、日本を離れてボストンーアムステルダムーパリに移り住んだの8年の間に、今度で11回目の引越しとなる。よって・・・・
遡ると、生まれた家からすると、15回?!?
そして、国はイギリスー日本ーヨーロッパ各地と5カ国目である。まさか、自分がこんな人生を送るとは夢にも思わなかった。
スーツケース3つを抱えて、ボストンからアムステルダムに引っ越す時の、最後のボストンの夕焼け。
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きっと、音楽をしていなかったら、最後の3カ国に住む理由は無かった。
そして、日本に戻ってピアノを始めなければ、音楽にも出会っていないで、今頃イギリスで、OLをしていたかもしれない。
と考えると、人生は本当に興味深い。しかし、偶然に見えても、全て必然的なことなのではないかと後から思ったりする。
アメリカに行った時、まさか自分がオランダに行くとも、フランスに行くとも思わなかったが、1つ1つにも出会いがあり、そしてそれが、その時の自分にとって、最高の場所であった気がする。
運河の多い、アムステルダム。
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フランスにも10年住みたがっていたが、実際にこの国に住み始めたときに、ここでは、身に付けられない、何か大事なものを、アメリカ、アムステルダムで吸収できて、良かったと思ったし、最後にフランスにたどり着いたのも、とても意味があると思う。
人間の常識は、その世間の大多数の人が考える基準を指すと思うが、飛行機にちょっと乗るだけで、日本ではいけないとされていることが、普通であったり、その逆もある。
だから、柔軟で吸収できる時期に、3カ国で違う価値観と文化に触れたことは、私の中で、何よりも宝だと思う。
この先、無一文になろうと、誰かに自分を偏って判断されても、今まで見てきた経験から学んだことが、いつも助けてくれるし、色々な見方で生きていっても良いということを、教えてもらった気がする。

そして、何よりも日本人である自分と、日本の文化の中で育ったことを、とても貴重に思い、日本人で良かったなあと思う。また、それは日本を離れたからこそ、気がついたことだと思う。
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