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claveciniste et pianofortiste

聞く耳とは/les oreils pour écouter

この数日間再び雪がちらつく寒さでしたが、今日は1週間ぶりくらいに快晴です!とても気持ちが良いお天気です。
今のピアノにたどり着くまでにクラヴィコード、チェンバロ、フォルテピアノ、オルガン・・・といくつもの鍵盤楽器が発展して500年ほどの歳月がかかりました。
100人居れば100つ個性があるように、タッチも1つ1つの楽器は職人さんが丁寧に音を聞きながら仕上げているから違います。初めて弾く楽器はまるで知らない人と出会ってお話しているような感覚です。ですから、自分の中で何となくその楽器の性格や特徴が分かるまで少し時間がかかります。
多少、それぞれの楽器の奏法というのはありますが、目の前にある楽器に一番適した楽器の音を弾き出すには最終的には“聞く耳”しかないと思います。自分の耳が研ぎ澄まされていれば、自然にタッチが柔らかくなったり、指先だけしか必要なかったり、腕も使ったり変化し、楽器の良さを引き出せます。
しかし、エゴイストのようにただ自分がこう弾きたい~~!と、何も楽器から返ってくる音を聞かなければ、一人よがりの演奏で、はたから見ていると“楽器が可哀そう・・・”ということになりかねないです。一方的に私はこうだ~~~と他人に話しているようなものかも知れません。

やはり赤ちゃんには赤ちゃんへの、活発な感じの人とはそれだけのエネルギーを、また内面性を秘めている人とのコミュニケーションはまた違うように楽器との接し方も違う訳です。
特に昔のオリジナルの楽器は200年、300年経っていて個性や癖、数百年経って変化した”木”から感じられる風合いの音がありますし、とてもデリケートですから、叩きすぎると壊れる可能性もあります。
また、面白いのは同じ楽器でも実際にコンサート会場で弾いたり聞いたりして初めて分かり真価というのもあります。
実際、私のチェンバロも1年間家でしか聞いていませんでしたが、先日初めて家から持ち出してコンサートで使用して音の質や性格など初めて客観的に見れました。意外とMasculinな男性的な低音が太めなキャラクターだと分かりました。また、弾き続けて馴染んでいくと柔らかさも出て来ると思いますが、それも自分で“育てて”いかないといけません。
新しい楽器はまだ木が変化し続けている為、湿度などできるだけ管理して極度の乾燥などあると数年後には響板に亀裂が入って割れてしまう事もあるのでまるで赤ちゃんのように気をつけてあげないといけません。
私はいつも運ぶには大きくて一苦労なのにデリケートなので(Grand bebe)大きな赤ちゃんと言っていますが、みんな本当にそうだと運搬屋さんもうなずいています。
この間ピアノとチェロの友達と話したら、みんな勝手に好きな名前をつけているようです。かなり受けましたが、勝手にジョージとか名前を付けているようです。(苦笑)でも愛着が湧いていいですね。
犬や猫にも名前がある訳ですから。
でも、私は特に具体的な名前を思い浮かびませんが、3年間待ち続けた楽器が自分の部屋にあるというのは、かけがえのない幸せを感じます。
そして、鍵盤のキー1つ1つにしても、装飾画にしても職人さんの手で1つ1つ大事に仕上げられ世界に1つしかない訳ですから、感謝ですね。
次は5月のブランデンブルグ協奏曲全曲演奏会の時に再び持ち出します。はらはらしますが、やはりコンサートで慣れ親しんだ楽器で演奏できるというのは安心感が違います。

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