今でも、ヴェネツィアは世界中の人々が憧れる場所で、サンクトペテルブルグは東欧のヴェネツィアと言ったりするように、美しい町の象徴として使われる。
そして、多くの有名な画家、芸術家がこの町を通り過ぎ、この町にしかない、不思議な魅力の中で、夢心地の生活を過ごしたかもしれない。

15世紀から、海洋貿易で栄えたヴェネツィアだったが、17世紀前半頃から、芸術は開花し始める。それも、やはり人々の暮らしの中でうまく音楽が取り入れられ、1つの社交の場として、オペラがもてはやされ、後には中心地となる。
ローマ教皇の絶大なる力がある中で、ヴェネツィアは共和制を取っており、いわゆる君主というものが存在していなかった。
モンテヴェルディの遺体が収められているフェラーリ教会***
当時、宮廷の祝祭などの為に、特別に作曲家オペラを書き、限られた高い階級の人々にしか、見れなかったオペラを、ヴェネツィアでは、お金を払えば誰でも見れるという稀な制度にした為、多くの人が聞きに行った。
その為、1637年に初めてオペラ劇場が建てられ、その翌年に政府によって認可されたカジノも、裕福な貴族が始め、次々に増え、人々に受け入れられていった。
日本では、現在でも公式な巨大カジノを建てたくても、政府の許可が下りないと聞いたが、ヴェネツィアでは、約370年も前から公式というのは、自由奔放なイタリア人気質が伺える。
当時は、約半年がキリスト教の行事と共に、祝祭が行われ、その間、ヴェネツィアの全市民がこぞって参加するという自由な空気が流れていた。

カーナバルの最中は、貴族から、ゴンドラの漕ぎ手から、誰でも、老若男女、仮面を付ければ、まるで別人のように振舞うことができた。
娼婦が貴族の館に出入りすることも、逆に貴族が身分を隠して、恋愛を楽しむことも可能であったと考えると、当時としても、他の町では決して見られることのない、自由な風潮があったと思われる。
しかも、町中の誰もが参加できて、飲み、歌い、自由にいかに人生を楽しく生きるかという雰囲気の中で、オペラはきれいな歌い手を見に多くの人が集まり、つまらない時は、ボックス席の後ろの方で、友人と話したり、食事をしたり、いわゆる社交の場としての役目も果たしていたようだ。
フェラーリ教会の小さなオルガン***
ヴェネツィアが昔から、多くの芸術家や音楽家が自然に集まったのも、この様な社交界が広まり、音楽がその中で重要な役目を果たした為だと思う。
フランス、またイタリアに居ると、つくずくラテン系の気質というものを強く感じる。イタリアの方が、勿論フランスよりも、もっとキャラクターが強く、男女共に、自分の魅力をを色濃く表現しているのだが、その他にもインテリア、洋服、人生の楽しみ方、食生活そして芸術において、先人から残された、優れたセンスにも圧巻させられる。
偶然、通り過ぎた教会でヴィヴァルデイと古楽器の展示会があった。珍しい形をした小さなピアノ***
実際に、ヘンデル、ヴィヴァルデイ、アレッサンドロ・スカルラッティ(555曲のチェンバロソナタを書いたのは、この偉大なる父の子供、ドメニコ・スカルラッティである)も、この町でオペラをそれぞれ公演し、大成功を収めている。
この町は、ふとまた訪れたくなる衝動に駆られる、5世紀以上前から世界中の人々を魅惑し続けてきた、歴史と芸術の宝石箱のような町である。
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