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音楽家にとって楽譜とは、唯一作曲家とのコンタクトができる大事な資料です。

(5月に演奏するジャン・フィリップ・・ラモーのコンセール(1741年出版、パリ)とソロのチェンバロ組曲(1728年出版、パリ)左側に書かれたフランス語の説明では王様への献呈の言葉が長々と書かれている。)
生きている作曲家であれば、分からないことがある時に何かしらの手段で聞くことは可能かもしれませんが、ほとんどの偉大な作曲家は既に違う時代に生きた人達です。

子供の頃は、楽譜は*音符通りに間違わないで弾くもの*という認識が強かったですが、チェンバロを弾き始めてから、その音符の裏側に秘められている意味、作曲家の意図というものを読もうとする観点になりました。
そういった場合、ただ音符を見ても勿論分からないこともあります。

例えば、時代背景や国の情勢、文化やどんな趣味が流行っていたか。
これは、音楽だけでなく絵画や建築、文学、ファッションなどからも当時のスタイルを知る手がかりがありますね。
そして、バロック時代の作曲家の多くはまだ王様や権威のある貴族に仕えていたので、出版できるということは本当に限られた*王様のお気に入り*の作曲家でなければ、許可が下りなかったようです。
古楽の演奏家は、できる限り作曲家の意図をくみ取ろうとするので、もし17世紀に出版された初版譜があればそれを実際に使って演奏したり、参考にします。
作曲家の手描きの楽譜があれば、一番作曲家の息吹を感じやすいですね。
筆跡や音符から性格もこの人は几帳面とかすごい汚くて読めない(!)とか分かりますし、時にはグチャグチャと書き直して、他にもどんなアイデアがあったかを伺い知ることができます。

現代に出版されている楽譜と照らし合わせると全然違ったり、編集者の勝手な解釈で変更されていたりもするので、作曲家の思い描いていた世界を忠実に再現するのに、楽譜はとても大事な手がかりとなります。
古楽演奏者はよく*楽器の旅*をして世界中に残された素晴らしい名器の*音*を求めて色々な博物館やプライベートコレクションを見せてもらいに行ったりします。
楽譜もパリの国立図書館やヨーロッパ各地にはまだ、現代の出版社が出版していない埋れた作品が眠っていたりする為、機会がある時には図書館へ行って貴重な文献を見せてもらったりもします。

セバスチャン・ル・カミュの初版譜。1678年。(ヴェルサイユ宮殿の宮廷音楽家のこのファクシミリから素敵な曲を選んで10月に演奏します。)
始めは何となく複雑なことを勉強しなければと思っていましたが、こうしてヨーロッパに住むと作曲家の暮らした場所がすぐそこにあったりして、今まで本の中だけだと思っていた世界が現実と結びつき、本当にわくわくしてしまう楽しさがあります。
5月のコンサートで演奏するラモーも、パリのパトロン宅で1日に3回ものコンサートを毎日していたようです。
彼がオルガンを弾いていた教会が、実は私が去年に住んでいた場所の2本隣の道だったりして、改めて驚きました。
今度、ラモーにゆかりのある住所を訪ねてみようかと思います。
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チェンバロの装飾/ La decoration du clavecin
チェンバロは、1台1台全て鍵盤の1つ1つから、ケース、蓋、そして装飾に至るまで、全て手仕事である。
1636年のベルギーの有名なチェンバロ製作者アンドレアス・ルッカース\チェンバロの響板
現代の多くのチェンバロ製作者も、250年ー300年前のアンティークのチェンバロのモデル、長さ、木組みなど、ミリメートルに至るところまで、研究しつくして、かつての名器の音を現代に蘇らせようと、絶えず改良している。
結局は、その製作者の腕のほかに、どんな音を良い音と聞くかの、*耳*とセンスがとても重要になってくると思う。
アンドレアス・ルッカースのチェンバロ
その製作者自身が、昔の数多くの名器の音を知っていれば知っているほど、様々な*良い音*また、現代には失われた音を感じ取れる感受性が発達すると思う。そして、それらの経験はその製作者の楽器の*音*に大きな影響を及ばすと思う。
演奏家も同様で、できるだけ名器の*音*は知っていたほうが、それだけ自分の音の世界が広がるし、奥深くなるので、機会がある度に、見に行きたいと思っている。
先週は、2回もパリの楽器博物館で、1761年のヘムシュ(フランス製)1646年のルッカース(ベルギー製)1652年のクーシェ(ベルギー製)により、バッハのコンサートがあり、こんなコンサートが行われるのも、ここパリならではと圧巻であった。
普段、静かに展示されている楽器を実際に350年以上の歳月を経て、奏でられると言うのは、やはり驚きである。
1640年ルッカースチェンバロ
現在、私もドイツの製作者にチェンバロを作ってもらっている最中だが、やっと、ケースと響板、そして蓋がついた時点で、来月にもパリへ運ばれてきて、装飾を始める。
チェンバロの装飾を20年も手がけ、その他にも、アンティークの家具や、宮殿の金箔の壁を修復し直したりしている、大変素敵な絵を描く方に出会った。
そのシャルルさん曰く、色も音楽のように、ハーモニー(調和)が大事だと。
ただ単に、水色や緑色を描くのではなく、花1つを描くにも、バランスが大事と。自然に咲いているバラ1つを描くにも、ただピンクを描くのではなく、微妙な色使いが全てを変えてしまうと。

そんなシャルルさんは、色々な素敵なデザインのチェンバロを考案して、その写真を見せてもらったが、どうやら、描く時は、どこからか、そのモチーフのアイデアがふ~っと浮かんでくるらしい。
打ち合わせの時点では、どのような色やモチーフでとか、細部まで考えるらしいが、その後、一度その案を寝かせて、何かを見たときに、ふとアイデアが浮かんでくるという。
また、1ライン描き始めただけで、違う!と瞬時に感じる時は、時間の無駄と言って、描かないらしい。
シャルルさんの描いた響板のローズの部分
*まるで、音楽のようですね。*と言うと、そうだね。と言っていた。待ち合わせ場所に行ったら、先に着いていたので、待ちましたか?というと、
いや~。僕はいつも見るものが沢山あるから、全然退屈しないんだよ。といって、パレ・ロワイヤルの建築の柱や、コメディー・フランセーズの前の噴水の曲線ラインを指して言った。
彼が、どんな装飾を私のチェンバロにしてくれるのか、今からとても楽しみである。
チェンバロ/ Le clavecin
チェンバロの装飾は、昔から、1台1台違っています。
それは、チェンバロの1つ1つの鍵盤を、チェンバロ製作者が木で掘って仕上げ、全て手作りだからです。
17,18世紀は、それこそ素晴らしい絵画がヨーロッパ各地で繁栄した時期なので、それに伴い、チェンバロの装飾も移り変わっています。

例えば、ルイ15世の時代になると、よくアンティークなどの家具で、猫足の様になっているものがありますが、これは、チェンバロの足にも使われていて、それにより、そのチェンバロが何年代に作られたか、判断する情報源にもなります。
よく、イギリスBBCチャンネルのアンティーク市の中で、家のお宝のお値段を鑑定してもらうコーナーや、日本のTVでもありますが、チェンバロや楽器も、昔の良いものを見ればみるほど、目が肥え、それぞれの製作者の特徴を学ぶと、響板にある残っている跡などから、多くのことが分かります。
そして、現代の製作者は、昔の名器を細かく勉強し、それを忠実にコピーした楽器を作ったり、自分なりに、アレンジして作ったりします。
しかし、たんすやテーブルとは違い、木を組み合わせ、1から作ったものに、最後に弦を張ることで、自分の思いとおりの音、もしくは意外な音質が生み出される瞬間は、醍醐味ではないでしょうか。
昔は、弦を弾く、爪のような部分は、鳥の羽の芯の部分を2ミリほどに薄く切ったものでした。
しかし、現在はプラスチックで代用されたものが多いのですが、やはり贅沢で手間がかかりますが、鳥の羽にすると、なんとも言えぬ、軽やかな、香るような音質が生まれます。
私も、現在ドイツ人のチェンバロ製作者に頼んで、待っている最中ですが、ほぼ本体は出来上がり、装飾をどうするか、考えています。
私のチェンバロのタイプは、この間のリサイタルのプログラムの表紙にも使用した、フランスとドイツ国境のコルマールという美術館に保存されている、フレミッシュ風(ベルギー、オランダ地方で話す、フレミッシュ語圏を指す)のルッカースという有名なチェンバロ製作者のコピーです。
このオリジナルのチェンバロは、とても有名なので、多くの製作者がこぞって、コピーしますが、やはりそれぞれの腕により、出る音は全然違います。
その為、私もアメリカでチェンバロを始め、アムステルダムに住んでいる間、ずっと、自分のタッチと欲しい音に合った楽器を探すのに、何年間も経ちましたが、やっと、自分の納得できる軽いタッチで、音がふわっと広がる楽器に出会い、注文しました。
車やピアノの様に、既にできているものをポンを次の日に家に届けてくれる分けでなく、1から作るわけですから、普通は、注文して、1-5年待ちというのはよくあります。
人気のある制作家で1人で全て作り、年に2台しか作らない場合は、18年待ちという例もあるくらいです!
ので、気長に待つのですが、自分の楽器でコンサートができるのは、まだ少し先になりそうです。そして、素敵な音の楽器になると良いのですが。
クロードのアトリエ/ Chez Claude Merthier
今日は、8月に南仏でお会いした、ベテランのチェンバロ製作者、クロード・メルスィエのアトリエへ行ってきた。
クロードは、78歳のチェンバロの巨匠、ユゲット・ドレイフュスと40年もともに仕事をし、歴史的チェンバリスト、ワンダ・ランドスフスカの楽器も作った、生き字引のような貴重な製作者である。
また、世界で6台しか現存しない、300年前の楽器製作者、ヘムシュの楽器のうち4台は、このクロードが発見し、必要な部分だけを修復して博物館やコレクターに売ったという貴重な証人でもある。
サン・ジェルマン教会裏とルーブル美術館の間の端から、ノートルダム寺院の方向へパチリ!
彼は、サン・ジェルマン・デ・プレ教会から徒歩5分のセーヌ川寄りの閑静な住宅街にアトリエを構えている。
洒落たアンティーク屋さんや、画廊の並ぶ中に、17世紀、18世紀の楽器である、チェンバロがショーウインドーから見える。
ここは、中国の17世紀のアンティークのお皿を展示していた。当時、ヨーロッパでは、エクゾチックなシノワズリ(Chinoiserie=中国趣味)が大流行していた。>
はるか彼方の東洋の美術品を所有するというのは、富の象徴でもあり、ヴェルサイユ宮殿でも、1室全て、シノワズリの食器の部屋があるほどだ。
また、チェンバロの装飾の中にも、シノワズリの朱色に中国風の模様が描かれているものも、少なくない。
日本の伊万里焼きなども、大変好まれ、後にセーブル焼きなどが模倣しているが、東洋の繊細さには、適っていない。
クロードのアトリエでは、彼が大事に保管している、アンティークチェンバロを見せてくれた。ケースの外側、そして内側、また弦の張ってある響板にも素晴らしい絵が描かれている。

これは、1620年ごろにイタリアで作られた、本物のケースに中身をクロードが作ったもの。A beautiful original Italian harpsichord case built around 1620 and Claude-Merthier made the harpsichord inside.

また、ニコラス・デュモンというフランス人が1704年に作ったフランスモデルのチェンバロ。これは、1780年頃に、鍵盤を足したり、多少、手が加えられたが、それ以来、全てそのままの状態で残っている。/ French double manual harpsichord built by Nicholas Dumont around 1704.Another person added keys(ravalement) later around 1780.The same person also changed the original harpsichord by Blanchet which is at the house of Huguette Dreyfus.

また、ユゲット・ドレイフュスもアンティークチェンバロを自宅に所有しているが、彼女のチェンバロも、1780年頃に、同じ人物によって、手が加えられているという。

この様な、生きたチェンバロ、つまり17世紀、18世紀に作られてから、誰の手も加えられていない楽器は、歴史的にも大切な資料として大事に保管されている。the sound board of the french double in 1704
そして、現代のチェンバロ製作者に多大なる情報を与え、コピー楽器を作る上で、重要な資料となる。
こうした楽器が、ふとしたアトリエにあるのも、歴史が続いているパリならではと感じる。
きっと、それは、東京で江戸時代からある、お琴や三味線に出会うのと同じ感じではないかと思う。
楽器製作者のアトリエ/le Facteur de Clavecin
パリ郊外にある、知人でもあるチェンバロ製作者、そして修復家のアトリエに伺った。
1年前には、まだ修復中のぼろぼろの楽器達も、細かい作業の末、演奏可能の楽器となり、出迎えてくれた。

これは、北欧製の18世紀後期の大きなクラヴィコード。クラヴィコードはオルガにストの自宅用の練習楽器としても、チェンバロよりも手頃な値段で買えることから、18世紀、ドイツを中心にかなり盛んになった。****Original clavichord in 18th centry in Norway.

これは、ショパンがジョルジュ・サンドのコルシカ島の別荘で前奏曲などを作曲していた時に、使っていたモデルに近い、フランス製・プレイエル社のピアニーノ。(今のアップライトピアノの様なもの)アトリエに住む愛犬ピポー君も良い子にポーズを取っている。****Pianino by Pleyel.Chopin had the same type of piano at the corsica.

これは、イタリア製の珍しい2段のチェンバロ。17世紀だろうか。この様に、アンティークの楽器は、よほど良い状態で保ち続けられたのでなければ、この様に、色々な所にひびが入ったり、修復する箇所が多い。****An original Italian double manual harpsichord.

これは、フランス製のアンテーィクチェンバロの弦が張ってある下のサウンドボードと言われる木。チェンバロを作る時は、この木に装飾画を描いてから、弦を張る。この木は、2,3ミリの薄さで、この木によってチェンバロの命の様な場所。しかし、湿気や感想によって、この様に、ひびが入ってしまうことは今でも、稀ではない。****A sound board of an original french harpsichord.
製作者やチェンバリストはこの様な、貴重なアンテーィク楽器を見ることで、3世紀昔にどの様に、作られているかを、間近に学ぶことができる。

そして、現代の製作者がそれらをもとに、昔の楽器のコピー楽器を今も、製作している。****Copy instrument by Olivier Fadini

これは、チェンバロの装飾の時に使う、自然な成分を使った、顔料。さすがにショッキングピンクは自然のものではないそう。****painting material for the harpsichord.
木を張る際には、日本でも古くから使われている、膠(にかわ)を使用する。成分は、魚や動物のゼラチンを成分としたものを使用するが、やはり現代の動物達よりも、古い膠の方が、成分が良いそうである。
この様な、製作家がヨーロッパ各地、また日本各地にも居て、今も研究しながら、*良い音*を追及し、現代に再現することを試みている。
チェンバロという楽器/ le Clavecin/Harpsichord
今でも、ヨーロッパの各地には、17・18世紀に作られた、アンティ-クのチェンバロがある。
1台1台全て手作りなので、鍵盤や、装飾、そして音色が違うというのも、チェンバロの魅力かもしれない。
同じ製作者や地方が近いと(ドイツ・ベルギーとオランダ・フランス・イタリア・イギリスと分類される)、音色もどういう特徴か、それぞれ大まかに予想はできるが、やはり*百聞は一見にしかず*で、それは、250年前から生きている人に会いに行くような、どきどきする感覚である。

イタリア製のチェンバロ。ルーブル美術館、別館にて開催された、楽器店の際に実際に展示され、演奏することができた。***An original italian harpsichord exhibited at the musee du Louvre.
私がチェンバロに出会ってから、早くも10年以上が過ぎたが、始めは黒いピアノに慣れ親しんでいた為、チェンバロの良さがあまり分からなかった。しかし、無意識に何かにとても魅かれていた。
実際に、音楽家としてチェンバロとう楽器で表現するようになり、とても貴重なことを日々、楽器から学ぶ。
チェンバロは、小さな鳥の羽を削って作る、爪のようなもので、弦をはじくというシンプルな構造である。
後に、ピアノが発明され、ペダルやハンマーで弦を叩くという構造になり、音の強弱に幅が生まれようようになった。
それに対し、チェンバロは強く弾こうが、弱く弾こうが、同じ音量で、叩けば叩くほど音は汚くなり、数ミリの鍵盤を指先で弾く意外の無駄な力は不要である。
しかし、チェンバロに接する時、力まないで、素直に自分と向き合うと、何のテンションもなく、す~~っと自分のイメージしている音が表現される気がする。
18世紀のフランス製チェンバロをたまに弾く機会があるのだが、その楽器がなぜ、名器と言われるのかは、有名なメーカーということでなく、弾いてみて実感する。
自分のイメージした音や、少し注意深く耳で聞くだけで、次の瞬間にはチェンバロからその音が、まるで3Dの様に、立体的に浮き立つのである。
こんな素晴らしい楽器は、現代の製作家がどんなに逆立ちして、頑張って、昔のチェンバロを再現してもかなわない名器である。
ドイツの現代の製作者Luts Werumによる、フレミッシュ(オランダ式)チェンバロ****A flemish double manual harpsichord by Luts Werum.
また、チェンバロの木自体が、200年以上経つと、よく乾燥していて響くのである。ヨーロッパには、未だに15世紀ー18世紀に建てられた、修道院などの建築があるが、それらの建物が何かの理由で取り壊される時は、楽器製作者は、駆けつけて古い木を手に入れたりする。
チェンバロは木でできている為、古いそういった素材を使うとやはり良い楽器ができるようで、現代製作者は昔のデータを集め、研究しながら、常に*美しい音*を求めてやまない。
ヨーロッパのチェンバリスト達/harpsichordists in Europe
今日は、フランスのチェンバロ界で長老的な存在である、ユゲット・ドレイフュスさんの自宅で、
約230年前の本物(オリジナル)のチェンバロでルイ・クープランとスカルラッティを演奏して、大変貴重なアドヴァイスを頂いた。
基本的にいつも自分で練習を重ねて、曲を仕上げていくが、たまに素晴らしい先人の目や耳、そして経験と知識からアドヴァイスを頂くことも、大変にありがたいことである。
彼女は、それこそバッハ弾きとして有名だが、多くの録音を残し、今フランスで活躍している多くのチェンバリストは彼女と勉強しており、ある意味、一世代を代表する有名な音楽家である。
ユゲットは、白髪のおばあちゃんという感じだが、どこかもう世俗的なことを超越してしまったような、きれいさがある。そして、音楽も一瞬の音たりとも聞き逃さない、鋭い耳で、彼女が弾くと、まるで1つ1つ話しているように、聞こえるのである。
Gustav Leonhardt at the Oude Kerk in Amsterdam/アムステルダムでのレオンハルト
オランダにも、ユゲットと同年代のチェンバロの巨匠、レオンハルトが今も、運河沿いの素敵な住宅地にお住まいである。
去年の寒い冬の日、自転車に乗っていると、あの巨匠が自宅前で愛車に、やかんに汲んだお湯を掛けているのを見てしまい、目を疑ってしまった。CDのジャケットでしか、お目にかかったことがなかったので、雅かそんな光景を目にするとは・・・・大の車好きとのことで、新車を買うと、喜んで親しい友人に*見に来てよ!*と嬉しそうにお話になるとのこと。
レオンハルトは、いわゆるヨーロッパの人達の表現で言うと、*Blue Blood*ブルー ブラッド=青い血を引いていると言う。貴族や、高貴な家の出身という意味である。
去年、イギリスのヴァージナルの曲のレオンハルトのマスタークラスを受けに、わざわざパリからアムステルダムへ行ったが、素晴らしい時間を過ごした。
本当に立っているだけで、品のある方である。タッチは本当に繊細で、どんな楽器でも彼が弾くと、きれいな音で、自然に音が響く。
そして、実はお話するとウィっトにとんだジョークも言うのである。私が2年間アムステルダムで勉強した、Menno van Delft (メノ ファン デルフト)もレオンハルトの弟子であるが、親しみやすい意味で、*グーフィーはチョコがお好き。*グスタフ=グーフィーなどと話していたものだ。
メノの自宅も玄関のドアを開けると、25メートルほど、白い大理石の対象になった廊下が奥まであり、大変な豪邸である。
レンブラントの自宅が、レンブラントハウスと言って、美術館になっているが、それよりも、相当大きい。目の前には運河が広がるのだが、中庭はとても静かで、庭には数百年の年輪のいちょうの木があり、そこに面したお部屋にはロココ風の装飾の天使が舞っている。
そんな素晴らしい邸宅で行われる、ホームコンサートは、何とも暖かい雰囲気で行われる。
そして、しばしば同じ通りに住む、レオンハルトや奥様が、ひょっこりといらっしゃり、みんなでワインとチーズを休憩に飲みながら、夜が更けるまで音楽を楽しむのである。
そんな時、18世紀の装飾の部屋で、その当時に弾かれていた楽器の音色(チェンバロやクラヴィコード)を、蝋燭の光とともに聞くと、本当にタイム・スリップしてしまった様な錯覚に陥る。
みんな、自分が演奏し終わり、他の人たちと時間を忘れて歓談しても、アムステルダムは未だに、中世の町の大きさで機能しているため、家には遠くても自転車で20分で帰れるのが何とも利点である。
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どうしてチェンバロに? why the harpsichord?
この数年、
どうしてチェンバロに・・・・・?
Why the harpsichord?
Pourquoi le clavecin?
と不思議そうに私の目を覗き込んで、人から聞かれることが多々あった。
その度に自分でも一瞬、あれこれと考えるのだが、簡潔に言うと*出会い*だと思う。
人生の中には、自分に大きな影響を与える、出来事や人と出会うことがある。
私にとって、偶然、それがチェンバロだったようだ。最近は、その偶然が必然だった気もする。
今は、チェンバロを選んで良かったと思うが、やはり、20年弾き続けたピアノに対する愛着は大きく、本当にチェンバロに変わると決めるのには、アメリカで半年感、自答自問する日々が続いた。
そして、アメリカのピアノ卒業試験でラヴェルの難曲、スカルヴォを演奏した後、しばらくピアノは弾かないで、チェンバロ1つに絞って、深く掘り下げようと決心した。
しかし、今思うと、その決断をするまでに、既に色々な影響を与えてくれた*出会い*があった。
その1つに、17世紀に実在した偉大なヴィオール奏者、マラン・マレの生涯を描いた、*めぐり逢う朝*という映画があった。美しい映像と共に流れる音楽が、なんとも新鮮だった。
映画が終わっても、よく分からない、込み上げる感激に涙がとまらなく、しばらく帰れなかった。あそこまで、心の中に響いたことは、映画というレヴェルを超えて、私の感性に何かが訴えてきた。
後に、そのサウンドトラックが、スペインのヴィオール奏者、ジョルディ・サヴァルのグループが弾いていたというのを知り、ボストンで会ったバロックチェリストは、*ああ。僕その録音で弾いてたよ*と聞き、びっくりしたことがあった。
2週間前に、パリでまさにそのジョルディがピエール・アンタイ(チェンバロ)とロルフ(テオルボ)と共に、マレの曲を弾いた時は、会場中の人が固唾を飲み、静まり返り、全ての人が一音一音を堪能していた。アンコールは後半と同じくらいの長さにもなり、口うるさいパリジャンも、満足気であった。
また、もう1つの大事なきっかけとなったのは、大学時代に取っていた、トラヴェルソ奏者の有田正弘先生のバロック音楽の授業である。
先生は、毎週ジーパンやラフな感じで現れ、その日の気分で、ざっくばらんにバロック音楽に関することを話してくださるのだが、それまで、誰もきちんと教えてくれなかった、大事な舞曲のスタイル、装飾音や調律などを、17・18世紀の文献を読み漁った知識と演奏経験と共に説明してくるのである。
ただ何となく聞いているのだが、*ぴぴ!*っとくるものがあり、凄い大事なことを言ってるらしい・・・・しかし、初めて聞くことばかりで、目から鱗状態である。
そんな飲み込みの遅い私は、何となく毎年毎年、同じ内容でも1から聞きたいと思い、気がついたら、4年連続で取っていた。
その間に、少しずつ、幼少の頃から慣れ親しんでいた、モーツァルトは、こういうイメージ。バッハはこう。なんて、教わっていたものが、どうやら違うらしい・・・・・
と気がつき、楽譜の読み方、調性にもきちんと、それぞれのキャラクターと意味があって、過去の作曲家は意図的にそれを使い分けていたらしい。
とか、レトリック(修辞法)の話なんかを聞いてしまった日には、いわゆる、今まで、学校で受けてきた音楽教育の内容とあまりに異なり、脳みそがひっくり返ってしまうのである。
それは、私だけでなく、多くのフォルテピアニストやチェンバリストに今なっている友達も、同じ様な経験をして、困惑し、今までの常識を壊し、楽譜を今まで以上にさらに深く、できるだけ作曲家の見地から読もうとする努力が始まるのである。
しかし、大学在学中は、フォルテピアノを副科で取り、モダンピアノで弾いていたベートーベンやモーツァルトをウィーン式の膝ペダルのフォルテピアノで弾いてみたりしていたが、結局、ピアノでアメリカに留学した。
そして、アメリカに行って初めてのピアノのレッスンで、先生に、*ああ。君、そういう古い音楽が好きなら、ピーターに会うべきだよ。*と言われチェンバロの先生を紹介された。
それが決定的な出会いになるとは、その時、全く予期していなかった。
*Concert of Jordi Saval(Basse de viole Barak norman,Londres,1697),Pierre Hantai( Harpisichord) and Rolf Lislevand (Theorbo et Guitare) at cite de la musique
*頻繁にアメリカ、ヨーロッパ、日本で活躍しているジョルディ・サヴァル。この夜は、ヴィオールの名曲をたっぷりと聞かせてくれた。
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- 6/21-22-23東京フィル&ピンカス・ズッカーマン公演
2025/6/20 - 12/22 (日)【ワイン🍷とチェンバロの調和」Vol.3
2024/9/19 - 東京フィルハーモニー@東京文化会館
2024/8/15 - Cave de Asukaへのアクセス
2024/4/29 - Youtubeチャンネル登録1000人突破!5/4公演
2024/4/28 - 5/1-5/6【ワインとチェンバロの調和」Vol.2】
2024/3/24 - 3/3【2台チェンバロの饗宴】無事に終了
2024/2/18 - イタリア・ボローニャ楽器博物館2
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2024/2/04 - フランス・パリ
2024/2/01


