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claveciniste et pianofortiste

ボローニャでのコンクール・コンサート/ Competition & Concert in Bologna

世界一古いボローニャ大学の一角にある、素晴らしい内装の歴史的建物で、コンクールが行われた。これは、練習室。
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ボストンから、アムステルダムに移った2004年の秋に、たまたまイタリア・ボローニャで行われるチェンバロコンクールの広告を見た。
課題曲は、イタリアの作曲家、マリーニ、フレスコヴァルエディ、スカルラッティ、バッハのプレリュードとフーガ、スウェーリンクのヴァリエーション、現代曲の他に40分程度の自由曲(私は、ラモーとバッハのトッカータを選んだ)という組み合わせだった。
コンクールまでほぼ2ヶ月しかないという状況でも、自分の良い目標としてして挑戦することにした。まだ、アムステルダムに移り住んで間もなかったが、とにかく、新曲の譜読みとスタイルを学ぶのに集中した。
新しいスタイルを短時間で学び、吸収し、どうにか自分の音楽にすることに精一杯という状態の中、あっという間にコンクールに行く日が来た。
昔から、コンクールというものがあまり好きでなく、ましてや*人と争う*ということが、苦手な性格である。いわゆる*他人を蹴落としてでも、勝ち抜く*という強さとはあまり縁がないのである。
しかし、長年弾いてきたピアノからチェンバロに変わり、それらのプレッシャーからも開放され、新たな道を1からマイペースで進んでいるというメンタリティーに変わっていた。そして、音楽も自分の為にやっているという意識も強くなっていた為、あまり他人は関係なく、あくまで自分の為の目標という意識だった。
一次予選は、フレスコヴァルデイ、マリーニ、スウェーリンクを弾き、半分の人数に絞られた。
そして2時予選は、スカルラッティ、バッハ。そして5人が残され、本選は自由曲のラモー、バッハのトッカータに現代曲の武満 徹に加えて、当日、初見の通奏低音の課題曲を演奏した。
ソロは、いつもの通り自分のペースで演奏すれば良いのだが、アンサンブルの通奏低音は、予想外の展開であった。
まず、チェンバロのない部屋で、ファクシミリの楽譜を渡され、15分見る。それを、審査員の居る前でぶっつけ本番でイタリア人のリコーダーとチェロの人と一緒に演奏する。
ただ、演奏するだけならば良いのだが、どうやら1人ずつの演奏の持ち時間は15分ほどで、演奏する他に、まるでリハーサルの様に、自分の意見を言ったり、どのように、音楽を作り上げていくかという過程を審査されるとのこと。
一緒に演奏する2人に、英語で話しかけても、*ノン カピースコ*(分かりません)の返事が返ってくる。チェロの子はイタリア語のみ。私のイタリア語は片言。
ということで、残るは、リコーダーの子が少し理解できるフランス語のみとなった。しかも、私がトップバッターということで、一体どんな感じで演奏、そして意見を言えば良いのか多いに謎であった。
しかし、ここで怖気ずいてはいけないと思い、ここは1つ、劇をするしかない!と思い、知っている限られたフランス語の表現で、*和声がここはドミナントだから、もうちょっと緊張感を*などと、あらかじめ前の部屋で分析しておいた曲の内容を、とにかく弾いて、話して言って、見せるという、まるで、パントマイムのような状態になっていた。
一体、それで良かったのか、他の人たちがどうその時間を使ったのかは知らないが、他はみんな、イタリア人、フランス人、イギリス人でもイタリア在住と、言葉の問題は全くないのである。
なんて、羨ましい!でも、今更、外人になれる訳でもないので、精一杯やるのみである。
後で、リコーダーの女の子が、なかなか良かったわよ。と言ってくれたので、まあなんとか減点になってなければ良いという感じであった。
そして、ソロを弾きあとは結果発表のみとなり、受賞者演奏会が1時間後に始まる予定という頃に発表になった。
これまた、イタリア語で名前を呼ばれたのは良いが、はっきりと結果が良く分からない。
すると、同じアムステルダムから受けに来ていたフランス人の友達が目を輝かせて、隣で堂々と立っている。どうやら、一位になったらしい。そして、一体私は?と待っていると、どうやら2位になって、3位をイタリア人とイギリス人が2人で分けたらしい。と雰囲気から感じ取った。
ということで、喜んでいるのもつかの間、コンサートで弾く曲を決め、着替えて演奏した。

イタリア・ボローニャのコンクール後、入賞者演奏会にて
審査院長であったら、高齢のイタリアのチェンバロの巨匠的存在のタリアビーニや、オランダ代表のボブ・ファン・アスペレン等から、演奏の批評を頂き、長い1日が終わった。
そして、やれやれとほっと胸を撫で下ろし、新しい我が家のアムステルダムへと帰っていった。
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