• Go to Japanese Page
claveciniste et pianofortiste

ヴェネツィアへの旅 Vol.1/ Le voyage a Venise Vol.1

ヴェローナを後にし、電車で1時間ほどすると、両脇の景色が、今まで走っていた道路から、海へと変わる。何とも不思議な光景、一体このレールはどうなっているの?
海の中を走っている!これが、ヴェネツィアの町の始まりである。空港に着いても、普通のTaxiはある一定の場所までしか行けない。そこから、全ては*水の世界*である。
そして、Taxiも、バスも、全てそれは*水上ボート*である。今、世界中で唯一車の音が聞こえない、夜になると、ひっそりとした空気の中に、海の香りが漂う、魔法の様な場所である。
有名な、アカデミア橋からの眺め。まるで生きた絵画のようである***
ヴェネツィアは、実は既に、17世紀末から18世紀にかけて、ヨーロッパ中の人々が集まる、観光のメッカであった。そして、その魅力は未だに世界中の人を魅了し続けている。
この*水の町*の現実離れしたユニークな雰囲気の中で、多くのカーナヴァル(祭り)が行われ、魚介類の豊富な美食に酔いしれ、恋多き人がさ迷い、賭博が氾濫し、そして音楽もその娯楽に彩りを添えるものとして、繁栄した
あの有名な色男、カサノヴァが多くの女性を魅了したのも、この町である。
バロック時代は、ここヴェネツィアがイタリア音楽の中心地であり、多くの優れた音楽家が次々に名曲を生み出していった。
ギターを乗せた、素敵なゴンドラの前でイタリア人の男の子が道端で、向こう岸に居るおじちゃんに話していた。***
大通りを一歩入れば、そこは、迷路のような小道である。
1人が通れるほどの細くて、長い通路が今でも、沢山あり、住人でも覚え切れるのかと心配になってしまうほどである。

まだ、イタリアが多くの小都市に分かれていた頃、ここヴェネツィア共和国の首都として、海上貿易を通して、多くの富を手に入れた。また、この共和国の領域内であった、パドヴァ大学では、あのガリレオ・ガリレイ(1564-1642)が、18年間、数学の教授として過ごしたというから、驚きである。

その他、有名な音楽家、モンテヴェルディ((1567-1643)は、サン・マルコ聖堂の楽長となり、多くの優れた作品を残した。
1318年の一番古い文献には、この有名な聖堂のオルガンを修理したという記録があることから、その頃には、サン・マルコ聖堂には、オルガン奏者、また歌手達が居たと思われるほど古い歴史がある。教会内にあった、教会で昔から歌われた来たラテン語の聖歌の本***
この様に、単なる観光地というだけでなく、今も、昔も、多くの文化と芸術と常に密接して、人々の暮らしの中で発展してきたという、歴史が本当に興味深く、ヴェネツィアの町自体が、*生きた美術館*そのものである。

Blog archives

Latest blog entries

Kay Music Academy