昨日、パリにロンドン経由で帰ってきました。
東京の自宅からパリの自宅まで24時間!かかりました。不思議に、パリに着けば、何となく頭がリセットされ、こっちの雰囲気、言語に変わります。
ドラエモンのどこでもドアがあったら、どんなに良いだろうと思いますが。時差もないし!
朝起きると、どんよりとした灰色の空。でも、午後にはこの写真の様に、一応晴れ?!ました。パンテオンに続く坂道にて。

ヨーロッパは今くらいの秋から、来年の春の日差しを再び受けるまでに、半年間の7割は曇りであろう・・・ということが予想されているので、少しでも晴れるとみんな、喜びます。

今日は、バスティーユ広場の近くにある、古楽器の楽譜屋さんへ行ってきました。
その名も *La maison de la musique ancienne*と言う。 (ラ・メゾン・ドゥラ・ムズィーク・アンシアン)英語にすると、House of Early Musicとでもなるでしょうか。
直訳すると、古楽の家=古楽器屋さんとなります。
ここに行けば、ほとんどのチェンバロの楽譜、300年前の作曲家が書いた手稿譜のコピーなど、貴重な資料も見つけることができます。
どこからともなく、色々な楽器の古楽の音楽家が来て、熱心に楽譜を覗き込んでいる。
チェンバロの楽譜は、大抵ピアノの楽譜よりも高く、3000円ー1万円するが、重要な作曲家の楽譜を一通り揃えようとすると、10-20万はしてしまいます。でも、世界各地にある、国立図書館に大事に保管され、中々実際に手にとって見れない貴重な楽譜が家でそれを見て弾き、研究できる点を考えると、今の便利な時代に感謝ですね。
昔は、1枚1枚作曲家達の間で写譜して、そのプロセスの中で、誰かが知らずに間違えたり、抜けたり、ちょっと、自分風に装飾音を付け足してしまったりしていたようです。
そして、3通りの違う手稿譜が残っていると、一体どれが元の楽譜だったんだ?!と研究する分けです。

帰りに、近くのSt-Ambroiseの広場にある教会の前を通り、バスでNation-Bastille-そしてSt-Louis島の脇を通り、セーヌの橋を越え、ノートルダム寺院の背を眺めながら、St-Germain大通りへと戻ってきました。
ローカルなバスに乗っても、知らない地区の眺めを見るのは、楽しいですね。
帰りに素敵なお花屋さんが!こんな小さな発見が、嬉しくなります。ピンクの花は、ダリアの一種でしょうか!?

聖母マリア被昇天の祝日/Le fete de l’Assomption
ノートルダム大聖堂と、ここがフランスの中心という碑。全てのフランスの距離は、このパリが始まったとされる歴史の長い、この地点から計測されている***
もう1週間前のことになるが、8月15日は聖母マリアが復活し、天に昇ったとされる祝日で、パリの各地の教会ではミサが行われた。
ノートルダム寺院のいくつもの鐘がカランコロンと何回も鳴っているのに誘われ、行ってみた。
ちょうど、ミサの最中であったが、通常よりも溢れ返る人・人・人である。
しかし、大半が祈りに来た人で、入り口周辺は明らかに、観光客が、一体なあに?!という雰囲気で見ている。

ミサの最中であったが、祭壇の近くのバラ窓が見える所で、厳かな雰囲気の中、優雅なフランス語でのミサをしばらく聞いていた。
ミサの間に弾かれる、オルガンの音色と神父さんなのに、歌手のように、耳にやさしい歌声で聖歌を歌い、そこに集まった何千人の歌がそれに続き、教会内に呼応する。
そして、どこからともなく、聖歌隊の歌が始まった。
明らかに、10代のボーイソプラノの子の歌声は、本当に天使のようである。
ゴシック建築の高い、石作りのアーチを描いた天井と共に、幻想的な響きを生み出す。そして、オルガンの即興演奏が続き、しばし聞き入ってしまった。

一歩外に出れば、現代に生きる都市に居ながら、教会内では、何世紀にも渡って、人々の祈りと共に常にこうして音楽が生き続いてきた。
まるで、時間が止まったような感覚だった。

全ての儀式が終わり、外に出ると、祭壇にあったマリア像が多くの神父さん、また教会の関係者の行列の後に続き、運ばれていく。

そして、教会の脇の奥へと消えていった。また、来年の被昇天の祝日まで眠っているのだろうか。
家に帰ってくると、下の住人も帰ってきたばかりだったので、ノートルダムに居たの?と聞いたら、*そうだよ。じゃあ、また今度の日曜日に*と言われ、別れを継げられた。
きっと、毎週日曜日に、ノートルダムのミサに通っているんだろうなと思ったが、通っている教会がノートルダムというのも、凄いなあ・・・と思ってしまった。
私は、信者ではないけれど、古楽やオルガンが常にミサと関って、多くの曲が生まれてきたことと、たまにミサのオルガンを弾く仕事などで、一通りどのように進行するのかを知っておくのは大事である。オルガンの即興演奏の演奏する長さも、参列する人たちの人数にも寄るし、ミサの前後にオルガンが演奏する。

勿論、アメリカにもアムステルダムにも教会は沢山あるのだが、特にパリに来て、教会内の美しい絵画や建築、そしてステンドグラスと古い歴史、また、人々が祈り続けてきた場所の雰囲気が、心を静かにしてくれるのが好きで、ふと教会に入ることが多い。
余談だが、ボストンでちょうどオルガンの仕事をした時、ワールドカップでブラジルが優勝した次の日の朝で、偶然、教会のあった地域がブラジル人が多く住んでいた為、お祭り騒ぎになって、広場や道路でサンパを踊っていて、車も通行止め状態で、神父さんが遅刻して、はらはらした思い出がある。今から思うと、とてもアメリカらしい。
正門の前の数え切れいない彫刻からなる、アーチ***
チーズ屋さん!/ la Fromagerie
パリの自宅から徒歩2分で、サン・ジェルマン通り沿いに、モーベル・ミテュアリテというメトロの駅がある。
ここには、週3日、青空市場が立ち、新鮮な野菜、果物、オリーブから生パスタ、お花やパン屋さん、洋服なども売っている。この市場は実は12世紀くらいから始まったという、長い歴史がある。
その脇に、常設の駅前に立つお店が何件がある。よく私も買うワイン屋さん、お肉屋さん、そしてその中に、チーズ屋さんがある。
チーズ屋さんとは、日本でいうお豆腐やさんのようなものではないかと思う。フランス人にとって、欠かせない食材で、ワインや食後酒にあった、チーズを選ぶのも楽しみの1つである。
この駅前のチーズ屋さんで、帰国前には、パリに11年住むピアニストの友達から教えてもらった、ミモレット・ヴィエイユやコンテの種類など、お勧めチーズをお土産として買い、真空パックして持って帰った。勿論、とても好評であった。何しろ、日本で買うとひとかけら800円くらいのものが、なぜか4000円とかで普通に売られている。どうして!?と思うが、手数料など入れると、やはり倍、3倍に跳ね上がってしまうらしい。

そこで、働いている店員さんに、日本人の鷲尾さんという方が居らして、季節のチーズなど、説明をしてくれた。
聞けば、初めてフランスに来た頃は、ロレーヌ地方のチーズを作る地方に居て、その後パリのチーズ屋さんで働いているという。
ちょうど今月、フランス人の旦那さまと御結婚をなさったとのことで、ウエディングドレスは、サーモンピンクの布地にフランスのレースをあしらったものをお作りしたようで、是非、今度はお写真を見せて頂きたいと話が盛り上がった。
絵描きの人がある午後、通りで描いていた。奥に見えるのは、ノートルダム大聖堂の横側。モーべールの広場からすぐ***
パリでも、日本の様にちょっとお買い物をしに行ったり、公園ですれ違った人と、気軽にお喋りをする機会がある。
そんな時、パリジャンの、個人主義、そして冷たいイメージだけでなく、住人との間の、ささやかな交流が、何かうきうきさせてくれる。
古書屋さんにあった、昔のパリの地図。真ん中の島がノートルダム大聖堂のあるシテ島で、そのすぐ上の橋を渡ってすぐの広場がモーベール。
モネの家・ジヴェルニー/La maison de Monet a Giverny
随分と昔から、モネが描いた大作*睡蓮*の庭がある自宅、ジヴェルニーに行きたいと10年前から思い、つい最近やっと行ってきた。

電車とバスを乗り継いでも行けるが、フランスの交通事情というのは、なかなか日本の様に便利ではないので、余計な労力を掛けないで、短時間で要点だけ見たいと言う方には、観光バスツアーはお勧めである。
バスは、パリの中心の観光会社から出ており、1時間ちょっとで、あっという間に着き、現地では自由行動で、またバスに戻ればパリまで一っとびと言う感じである。
モネの住んだ家、広大な敷地の庭、そして晩年に*睡蓮*の製作の為に特別に立てた、大きなアトリエが公開され、世界中からのモネのファンが訪れている。
*製作中のモネ*
モネは、この敷地に45歳の時に買い、数々の名作を生み出した。中でも、睡蓮は、1898年の57歳から書き始め、1926年の86歳に亡くなるまで30年弱もの間に渡って、描いた。
*今でも、モネの絵の世界と変わらぬ、庭が保ち続けられている。
モネは睡蓮を描く時、自分の好きな場所に睡蓮を配置したい為に、庭師にボートに乗らせて、棒で睡蓮の位置を移動させたというほど、細かい構図にこだわっていたらしい。
また、今でもこのジヴェルニーの花は、多くの庭師によって、丁寧に手入れされ、季節折々にきれいに咲かせる為、苗からビニールハウスで育てているということである。
モネの家の中には、モネの持っていた何百枚もの浮世絵のコレクションから、北斎などの、名だたる名画が展示されている。
1867年のパリ万博で晩年の徳川幕府が、フランスに初めて浮世絵を100枚展示し、それ以後ジャポニスムが大変流行した。
その際に、モネ以外にもゴッホ、モロー、ゴーギャン、マネなど多くの印象派画家が影響を受けた。

現在、ボストン美術館にあるモネの*La Japonaise*(ラ・ジャポネーズ)は、1番目の妻、カミーユが着物でポーズを取っているもので、1876年の第2回印象派展に出品し、異例の高値で売れていることからも、パリでのジャポニズムへの関心の高さが伺える。
睡蓮は、欧米で盛んに育てられているようですが、どこか日本的とも思える美しさを感じます。これは、実は京都の睡蓮です。
前述の睡蓮のブログをご覧になった方が送ってくださり、とてもきれいなので、了解を得て掲載させて頂きました。
モネの睡蓮/ les Nympheas de Monet
私は、10年ほど前に旅行でパリに来た際に、オランジュリー美術館の地下に展示されていた、大作:睡蓮を見て以来、モネがとても好きな画家となった。

この4年間はずっと閉館となっていたが、改装工事を終えこの春から、再びオープンして話題になっている。
モネの、*この睡蓮の大作を自然光の中で見てもらいたい*という願いどおりに、1つのキャンバスが11メートル以上に及ぶこの連作を地上階の2部屋に展示している。

その為、印象派の画家達が大切にした、光りの移り変わりを感じながら、キャンバスの微妙な色あいを楽しむことができる。
そんな自然の中に居るような空間で、人々は360度の部屋の中に展示された、朝日の光、午後の日の光、そして夕暮れの中の光をそれぞれ表現した、モネの大作に見入っていた。
モネは、この*睡蓮*のシリーズを1890年より描き始め、晩年は、白内障の手術を繰り返しながらも、失明寸前の状態で描き続けた為、どんどん絵が抽象化されていっている。
また、多くの条件と共に国家に寄付することを申し出た。
その内容には、作品と観客との間に仕切りやガラスなどを設置しないことや、自分の死後にしか、展示しない。などがあり、それらは忠実に守られている。
これは、他の絵より抽象化しているので、晩年に描かれたのではないか。
何十年にも渡って、モネが全ての精力と情熱を傾けたこの連作は、遺言のような作品ではないかと思う。だからこそ、人々の心に残るのではないかと思う。
色々な空/Le Ciel
空はいつでも違い表情をしていて、飽きることがない。
この1週間、パリではにわか雨がざ~っと急に降る天気が続いている。
きっと、植物には丁度良いのかも知れない。

昨日は、通り過ぎたノートルダムの裏でボサノバを演奏している、サクスフォーン、ドラム、ベースの心地よい音楽を聴きながら、ふと見上げるとこんな空をしていた。
10年前に初めてパリに来て、誰も知らなく、初めてセーヌ川の景色を見た時、
まるで*絵のよう*と思った。
しかし、考えてみると、セザンヌやモネ、その他の多くの画家が描くずっと前から、表情豊かな空があったんだなあ。と当たり前のことだが、実感したのを、よく覚えている。
オランダに居た時は、まさにレンブランドやフェルメールの絵画に現れるあの暗さ、光の少なさと同様の天気が続く。そして、大雨の前後には、それらの絵画の中に見られるような、神秘的で黒い空が広がったりして、友人と本当にこんな光景があるんだね。と話していた。
ちなみに、北海道と同じ緯度の寒~~いボストンの冬、雨か曇りが1年の7割を占めるオランダ、そこから、4時間南下した町全体が何となく灰色の建物に覆われるパリに住んでつくずく思ったが、その土地の人間性というのは、多いに天候にかかわるということである。
そして、このことからも、イタリア音楽、フランス音楽そしてドイツ音楽の気質というのは、天候、人々の話している言語(どのような音を生活の中で聞き、何を美しいかと感じる感性)、そして長い歴史が多いに関係しているということを感じる。
ヨーロッパに来ると、日本のぽかぽか陽気の冬が懐かしく思える。そして、夏は、ヨーロッパのさらさらとした湿気の少ない気候を快適と感じる。
どこでも、100%パーフェクトな場所はないが、人間は不思議にどこにでも順応できる能力を持っている。
友人の間では、私はまるで遊牧民のモンゴル民族のように、本能に従って、転々と移動しているそうである。自分では、生粋の日本人のつもりだが・・・・

夜9時ごろ、市庁舎へと続く橋にて。
サン・エティエンヌ・デュ・モン教会/ Eglise st-Etienne du Mont
パリにはあちこちに教会がある。
リュクサンブール公園から徒歩2分のパンテオンの裏に、小さなサン・エティエンヌ・デュ・モン教会(Eglise St-Etienne du Mont)がある。

なんでも、5世紀から建てられ始め、その後ルイ15世によって、増築されたり、カリヨン(鐘)の塔を高くしたりしている。
その為か、外見も普通の教会よりもユニークな形である。今でも、5つのカリヨンは、時間になると、昔からの音色を鳴り響かす。
余談だが、オランダのアムステルダムに住んでいた家は、小さな教会の隣で、夜中でもきちんと1時は1回、2時は2回と朝の5時だろうが、5回鳴らすのである。
時差ぼけの時は、寝れないで居ると、1時間ごとに、カン。カン。カーン。と容赦なしに鳴る回数が増えて、もっと寝不足になってしまった。
でも、慣れると、鐘が鳴り出すと無意識のうちに数え、時計を見なくても時を知ることができる。ただし、7回だと思って、まだ寝ていたら、実は8時だったのに、始めの1回を数え忘れ、遅刻してしまった覚えもある。(笑)

話をもどすと、このパリの教会は、5世紀に作られた、まるで絵の様にお話を伝えるステンドグラスが残っている。
また、かの有名な数学者・化学者のパスカルは1662年に、そして文学者のラシーヌが1711年にこの教会に埋葬されているという事実に、驚いた。

そして、丁度ミサの始まり前には、オルガンからフランスのオルガン曲が流れ、神父さんが祭壇の方へと歩いていった。
今も、こうしてミサが続き、祈る人々が耐えないという長い歴史に、パリのまた違った魅力を感じた。
リュクサンブール公園/ Jardin du Luxembourg
ルクサンブール公園は、パリのソルボンヌ大学からすぐの、パリジャンのお気に入りの憩いの場である。

私も、ふときれいな花を見たくなると、この公園へ立ち寄る。
それぞれのシーズンの花を楽しむことができる。春には、球根類のチューリップ、水仙、ヒヤシンスが所狭しと咲き乱れ、配色も本当に趣味が良い。

太陽を体一杯に浴びたい人は昼寝や日光浴をし、日陰で本を読んだり、友達とお喋りを楽しむのも良い。そして、1人でゆったりとした時間を過ごすのにも、最適である。
今は、現代アートが公園のいくつかの箇所で展示されているようで、いつもの見慣れた噴水も、全く違う印象を与え、人々は楽しんでいた。

この町は、古い歴史と新しいアイデアを見事に共存させる、奇抜なアイディアを色々な所で発券できる所でもある。
写真 / les Photos
日本を離れてから、行く土地それぞれの見知らぬきれいな風景などを、写真に撮るのが好きになった。とは言っても、下手の横好きなのだが。
アムステルダムとパリのデジカメの写真は沢山あるが、ボストンの頃は、滞在した5年間の半分以上は、現像するいわゆる普通のカメラの時代であった。
アメリカを経つ頃には、数が増えてかさ張り、日本の実家に送ってしまったが、多くの良き思い出と自然が収められている。
音は、その一瞬一瞬消えていってしまうが、写真や絵画の様に、その時感じたことが、そのまま色や形となって残るというのは、いいなあと思う。
その瞬間に自分が感じたことを、後に誰か知らない人が見て、共感することもできるからだ。
勿論、現代では高い録音技術によって、ライブ録音を楽しむことができるが、実際に目で見え、触れるのもというのは、また違った楽しみ方ができる。

このブログのメインの顔写真などは、パリ在住の活躍されているカメラマンの都筑 清さんに撮って頂いた。
ちょうど、6月にパリ郊外でコンサートをする日の後に、チェンバロと一緒に、またパリの街の風景と共に、自然な感じで撮ってみましょうということになった。
当日は、コンサートの準備もあり、5時半に起き、1時ごろにコンサートが終了してから、午後6時に至るまで、場所をあれこれと変えて撮って頂いた。
私は、撮るのは好きなのだが、なかなか撮られるのは慣れていなくて、どうにも表情が硬くなってしまう。あるいは、照れてしまう。
結局、280枚ほどの大量な数を撮っていただき、実際にこれなら使えるかもというものは、数枚に絞られるようで、そんなに撮るのかと驚いた。しかし、自宅近くの、パリらしい小道で撮っていただき、とても良い思い出となっている。

興味のある方は、都筑 清さんのブログをご覧下さい。パリの素敵な風景や人々の生活を感じることができます。http://parisparis.exblog.jp/m2006-08-01

最後は、フランスを代表するチェンバロ曲を多く作曲したクープラン一家がオルガニストとして、仕えていた、マレ地区のサン・ジェルベ教会に辿り着いた。
偶然であるが、最後に足の赴くままに訪れたのは、この教会で気持ちがほっとし、長い撮影も無事に終了した。
友達/Des Amis
ライトアップされた、市庁舎とセーヌ川。
半年ぶりに、アムステルダムで一緒にオペラを演奏した、バリトン歌手のJulien(ジュリアン)と親しい友達と会った。彼はもともと、南仏のエクス・アン・プロヴァンス出身でパリで勉強し、今はアムステルダムに住んで、オランダ語もぺらぺらに話す。
彼から、パリに居る、気さくで素晴らしい音楽家を何人も紹介して貰ったが、その中の1人には、チェンバリストのクリストフ・ルセのバロック・オーケストラのアシスタントをしている、最高にユーモアのセンスを持った、ジルがいる。
ジルは、日本人と会う機会が多いのか、いつも会うと自分から*ジルさんです~~!*と元気に話しかけてくる。こんなに可笑しな人は今まで会ったことがないという位、予想できない笑いをつねに提供してくれる。
道では、歌いだすし、昨日は歌手3人だったので、知らない間に3声で歌っていた。
また、もう1人のエリザベスというソプラノのアメリカ人の友達とは、秋にパリでフレンチバロックの室内楽のコンサートをしようと企画中である。彼女は、イタリア生まれ、ドイツ育ち、そして実家はアメリカにあり、フランスに住みはじめて5年目という、何ともインターナショナルなバックグラウンドの持ち主で、4カ国語を難なく話す。
根っからの音楽好きの人たちとの間に、会話は耐えない。タイ料理を満喫した後、みんなでサン・ルイ島に行き、アイスクリーム買ってセーヌ川沿いに降りて食べた。
すると、1ヶ月半ほど前に見た、カルガモ親子の6羽の赤ちゃんが泳いでいて、きちんと生き延びている姿に嬉しかった。

この3,4日のパリの気候は変わり始め、夜は随分と涼しくなり、にわか雨が降ったりしている。
フランス人ですら、
*う~ら、ら~~*(感嘆詞)C’est Beau~~~(きれい~~~!)と見入っていた。
- 6/21-22-23東京フィル&ピンカス・ズッカーマン公演
2025/6/20 - 12/22 (日)【ワイン🍷とチェンバロの調和」Vol.3
2024/9/19 - 東京フィルハーモニー@東京文化会館
2024/8/15 - Cave de Asukaへのアクセス
2024/4/29 - Youtubeチャンネル登録1000人突破!5/4公演
2024/4/28 - 5/1-5/6【ワインとチェンバロの調和」Vol.2】
2024/3/24 - 3/3【2台チェンバロの饗宴】無事に終了
2024/2/18 - イタリア・ボローニャ楽器博物館2
2024/2/05 - イタリア・ボローニャ楽器博物館1
2024/2/04 - フランス・パリ
2024/2/01


